奇跡!肝臓がんに負けなかった・・2006年新たな病魔が!

慢性肝炎からの移行そして肝細胞癌になり入院そして復帰迄の体験談レポートです、治す努力と生きる為の行動なくしては病気も治せません!
I was alive and was good. 

>物語コンテンツ<
私の病歴

癌告知前の2ヶ月間

肝臓癌告知

癌の検査が始まる


私が体験した3種の肝臓癌治療方法

CT ,MRI検査-1

肝動脈塞栓療法(TAE)-2

肝細胞癌切除手術-3

退院に向けて

退院後の生活

筆者(患者)

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3.がん診断の現在
4.がん治療の現在
5.これからのがん治療のありかた
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元気な人も少しだけ体の事心配してあげてぇ。

現在(平成17年)、肝臓癌を「ぶっとばした」私の体験レポート。
このサイトは 肝臓ガンの克服への経緯をまとめたサイトです。体の健康など、あらゆる情報!こんな事したら・・ ○○診断され方が不安?私の知る範囲で情報を提供し、一生懸命、その他、関連する癌の情報なども調べさせて「頂きます。そしてサイトに反映させて行きたいと思います。


私の病歴と今の私
30歳の時にB型慢性肝炎だと診察され、41歳で肝臓癌の手術を受ける。

退院できたのも奇跡だと思っていました、でも退院後一番心配の医療費の確保これって物凄く大変でした、いったいどうすれば??

今は働けていますがいつどうなることやら??・・この弱気を元気に変えるんだ!

1990年、慢性肝炎の私への治療方法は、インターフェロン(約半年間)、強力ミノファーゲンの注射を行っていました。

体の方も、慢性ではありますが安定した状態で、一般的によく使われる血液検査のトランスアミナーゼ(GOT,40単位、GPT50単位)の数値も健康体の50単位前後に収まり現状では!投薬での治療を行っています。

胆石を溶かしたり胆汁の流れ、肝機能を改善させる薬で
「ウルソ100」を主に一日3回服用しています、その他にビタミン剤などを血液検査結果に応じて飲んでいます。


癌の薬につきましては、今現在、画期的な薬(癌切除後)があると聞いておいますが、ここで書くべき内容では、ありませんので、担当の先生にお聞きください。(^^)

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癌告知前の2ヶ月間
告知前の平成14年の夏に会社が行う定期的な健康診断が行われ、毎年同じ内容で身長、体重、視力、聴力、大腸の検査(検便)、血液検査、肺のレントゲンが、実施されました、一ヶ月ほど経ち、検査結果が届きました。


結果とは別に、再検査が必要ですので、○○病院に行ってください、と書かれている内容の通知でした。

私は、肝臓の何かが異常数値で引っかかったと思いましたが、その時も肝臓病の大きな特徴である「自覚症状は全く無く」自分では大丈夫!と思っていました。・・思いたかったのかな?
人事ではじゃないから予約を病院に入れて診察しました。

・・・でも・・・

検診の結果はもう一度MRIで調べましょうと言われました。

・予約を入れて、再度検査に行くけど又所見が貰えない

・合計4回の検査でも、はっきりと所見が伝えてもらえない

・今度、分からなければ、もう行かないと決め検査に挑む

・今回も分からず大学病院に送られた、何故こんなにCT,MRIを変えるのですか?

 先生

それは人によって器械の性能が発揮出来ない場合があるからだそうだ!
(相性があるみたい)

こうして約1ヶ月程検査をして、やっと腫瘍を確認出来たらしい!


・・・そのまま一人、家に帰る私。・・・

帰る途中は何をどう考えればいいのか分らなくなってました、覚えてる事は、もちろん
癌(悪性腫瘍)だったら?の恐怖も襲って来ます。


「もう一度、家族と仲良く暮らしたいな〜!」
でも、今は、どうにもならないし

自分の余命の事も誰にも分らないし、早く知りたいでも知りたく無い!

それが、 家族を捨てる事になるかも?『つぐない』

ひとりの男性としての『プライド』

意味の分らない事ばかり思って帰ってました。

家族が、戻った私を温かく迎えてくれてる気がしました。

私の何かを言いたげな顔を見て嫁が、「もし何かあった時は、ちゃんと親と家族を頼るんだぞ!」という表情をしてたと思います。

そんな見えない、優しい言葉に、私は必死で溢れそうになる感情を抑えてました。





家族への思いを胸に、自分の最後への
・・・『挑戦』がはじまる・・・

自分は迷った末、家族を捨てる現実(死ぬと言う意識)に苦しみながら、「毎日が家族と過ごす最後の日々」だと、感じながら精一杯生きる自分に変わって行きました。

果たして、最愛の家族にどんな「思い出」を残せるのか?
そして、自分の余命を知った時「家族への愛」を誰に託せばいいのか・・・。


・・・・(苦)・・・・

何も知らない家族

肝臓に腫瘍が確認された私のもとに、電話が鳴った、大学病院からだった

幸い私が電話に出たから、普通に話して切った
内容は入院は10月の26日です・・と。

・・・呆然と立ちすくむ・・

もう一人の自分が、自分の死を自覚し始め私の生活態度は一変した。

禁煙をやめ、同僚が誘う話には乗らず、普通なら部下がやるべき仕事をやったり

客の無理難題にも笑顔で応えるようなったりしていた。

さらに私は、日ごろ行かない、親戚、知り合いに会いに行くようになってた

私はそれまでにやり残していることをやろうと決める。


引き継いだ仕事のことや、父をはじめとした家族たちへ・・・。


・・・嫁がとる行動とは・・・・?

これまで私の病気のことを心にしまっていた嫁が、迷った末、
ついに打ち明けた。

「あなた、もしかして癌でしょう!」

私の主治医に一緒に話を聞きに会いにいく。
病状を聞いた嫁は、親族に腫瘍が出来たんだよ。
って電話してました。

嫁が子供に病気のことを話したのかと聞くから、何も言って、いないと答える私に、嫁はお父さんの体に、へんな虫いるから、病院で捕まえてもらうからね!

どんな虫がいるのお父さ〜ん?

エヘン虫・・・・あれは喉にいるんだよ!・・・

無言でしたね私は。 


「生と死」 「生と活」をどのように私は考えていくのだろうか?



平成14年10月26日に入院での検査が始まる
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B型肝炎の疑問・・見たくないよね〜辛さは私が知ってるよ。
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